協会概要
私ども宮崎県ホテル協会は、第一次オイルショック(昭和48年)と第二次オイルショック(昭和52年)の渦中である昭和50年、加盟15社でスタートしました。2度に亘るオイルショックを経験しながら私どもの宿泊産業は順調に推移しておりましたが、平成3年のバブル崩壊以降は決して安穏とした状況ではなくなってきました。しかしながら宮崎は昭和63年リゾート法の第1号指定を受け、大型観光施設の整備も整い、サミット外相会合も開催され、国際観光リゾート都市として21世紀の飛躍を目指し一層の努力をして参らなければならないところでございます。この様な中、お客様のニーズも高度指向化され、これに応えるハード・ソフトの改善努力、快適な居住空間の提供と、物心におけるサービスの具現化をすすめ、ビジネスマンや家族連れなどの旅行者が快適にそして安心して宿泊できるサービスの提供に努める事が私どもの使命であります。
また、今後私ども協会加盟30社が共に繁栄していくため、情報の共有化や問題解決のよりどころとして機能を高め、お互いが利徳を享受できる存在価値のある協会として発展して参ります。
宮崎県ホテル協会の歩み
昭和50年 5月 宮崎県ビジネスホテル協会発会式
初代会長に坂東英保就任
(昭和50年5月〜昭和61年5月)
昭和51年 3月 宮崎空港拡張促進県民大会参加
7月 長崎〜宮崎空路 開設記念キャンペーン
昭和53年 4月 協会会員イラストマップ作成
昭和54年 8月 県外ホテル研修実施
9月 節水・節電シール作成
夏季・秋季国体受入
昭和55年 11月 県外ホテル研修実施
昭和57年 6月 協会会員証作成《プレート》
昭和59年 3月 東京研修実施
7月 設立10周年記念式典
昭和61年 6月 二代目会長に戸高裕之就任
(昭和61年6月〜平成1年6月)
昭和63年 4月 コンベンションビューロー賛助会員加盟
平成1年 6月 三代目会長に日培郎就任
(平成1年6月〜)
8月 松形知事懇談会
平成2年 3月 90ひむか祭典参加
平成3年 7月 雲仙普賢岳災害義援金活動
平成4年 3月 宮崎県暴力追放県民会議会員加盟
6月 協会名称変更
『宮崎県ビジネスホテル協会』から『宮崎県ホテル協会へ』
7月 北海道交流使節団派遣
8月 インターハイ受け入れ
平成5年 10月 世界ベテランズ陸上競技大会受け入れ
平成7年 1月 津村市長懇談会
3月 協会協同チラシ作成
平成8年 7月 阪神大震災義援金活動
11月 ねんりんピック大会受け入れ
11月 台湾経済観光交流使節団派遣
平成9年 4月 宮崎空港国際定期便開設期成会加盟
4月 協会設立20周年記念事業開催
7月 座長式会議開始
10月 雇用促進事業団委託事業にむけて
事前調査ならびに研修会等諸事業実施
(平成9年10月〜平成11年3月)
平成11年 4月 雇用能力開発機構委託事業
事業再構築雇用管理モデル事業実施
(平成11年4月〜平成13年3月)
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